2025年9月4日、深夜0時。ストリーミング配信のカウンターが一桁ずつ動くたび、私の画面は深い群青に染まった。新曲タイトルは『碧い瞳の中に』。Ave Mujicaにとっては今年3本目のシングルであり、『明日方舟』日本版との夢のコラボテーマでもある。再生ボタンを押した瞬間、ヘッドフォンから響いたのは、まるで水底で鐘を鳴らしたような重低音だった。

歌詞
虜になっていた 光 うつらうつら
幻を見ていた 儚い夢の中
この天(そら)の狭間に彷徨(さまよ)って 堕ちてゆく
[気づいて 気づいて このままじゃいけない]
そうね 知っているわ
wake up wake up babe don't fear
君の碧い瞳の中に ああ わたしはいたい
wake up wake up babe さあ いま
もういちど 自分を越えて 越えて
信じて
聖なる人も皆 生きる罪深さに苛まれ
やがて伝説は ただの土に
この愛のあとにも また 忘却が続くのかしら
[お願い お願い ねぇ 戻ってきて]
このぬくもり 失えない
wake up wake up babe don't fear
君の碧い瞳が やさしく微笑む未来
wake up wake up babe さあ いま
奏でるの 世界を ともに描いて
wake up wake up babe don't fear
君の碧い瞳の中に ああ わたしはいたい
wake up wake up babe さあ いま
もういちど 自分を越えて 越えて
信じて
歌詞意味
冒頭のギター・リフは暗闇を這う蛇のよう。だが、サビで一転、夜空を裂く流星のようにメロディが浮上する。Diggy-MO’(作词・作曲)と松坂康司(SUPA LOVE、作曲・編曲)という異色タッグが生んだ、ゴシック・メタルとシンセ・ポップの融合――これまでのAve Mujicaにはなかった“光の欠片”が、確かに散りばめられている。
歌詞をなぞれば、そこにあるのは“堕ちる”ことへの恐怖と、それでもなお“上昇”を願う心の葛藤だ。
「虜になっていた 光 うつらうつら」
――まず僕らは“光”に魅入られ、夢見心地の檻に囚われる。
――まず僕らは“光”に魅入られ、夢見心地の檻に囚われる。
「この天(そら)の狭間に彷徨って 堕ちてゆく」
――檻はやがて空の隙間へと変わり、足場が消失する。
――檻はやがて空の隙間へと変わり、足場が消失する。
だからこそ響くのが、まるで自身への囁きのようなコーラス。
「wake up wake up babe don’t fear」
Ave Mujicaの楽曲はこれまで、昏い神話や終末観を美しく彩ることが多かった。しかし『碧い瞳の中に』で彼女たちが提示したのは、もっと個人的で――だからこそ誰にでも刺さる――“覚醒のプロトコル”だ。碧い瞳は誰の目? 恋人の? 神様の? いや、鏡の中の自分自身かもしれない。とにかく、その瞳の奥に“私”を留めておきたい。留まることで、自らを見つめ直す。そして「もういちど 自分を越えて」。
サビの直前に投げ込まれる電子音は、まるで心電図のピコ音。一瞬、自分の心臓と同期して、背筋が震えた。これは偶然じゃない。松坂康司は楽曲解説で「メタル=重さ」「シンセ=浮遊感」の二律相反を、意識的に“昏睡と覚醒”のドラマに置き換えたと語っている。つまり、音そのものが物語なのだ。
コラボ先の『明日方舟』が扱うのは、“感染者”という差別構造と記憶の喪失だ。そしてAve Mujicaの世界観は“仮面”と“運命”だ。ふたつのテーマが交差するのは、たぶん“忘却”というキーワードだ。歌詞の「やがて伝説は ただの土に」は、ゲーム世界の“伝説”=“記憶の消滅”を暗示している。けれど最後に選ばれるのは、忘却ではなく“信じる”こと。
「聖なる人も皆 生きる罪深さに苛まれ」
――誰もが“罪”を背負って生きる。だからこそ赦しと希望が必要。
――誰もが“罪”を背負って生きる。だからこそ赦しと希望が必要。
最後のサビでコーラスが二重になる瞬間、まるで“現在の自分”と“未来の自分”が重なり合う。そして「ともに描いて」と呟いたとき、初めて気づいた。この曲は“他者を救う”ためではなく、まず“自分を救う”ための聖書なのだ。
再生が終わり、部屋に静寂が戻った。スマホの画面に映る自分の目は、やけに青く見えた。
Ave Mujicaは今、新たなフェーズに入った。『碧い瞳の中に』はただのコラボソングじゃない。これは、私たちが“昏睡”から“覚醒”するための、最初で最後の魔法なのかもしれない。