最近、まふまふさんの新曲『死んだらどこへ行くのかな』を聴いて、深く心に響くものを感じました。この曲は、人生や死、そして感情についての深い思考を歌詞に込めており、聴く者の心を揺さぶります。

歌詞
上手に傷つけていく 両手はずっと不器用なままで
大事なものを数えている いつも何か足りない
傷む指と後悔で ボクがすっぽり入るくらいの
深い穴を掘っている それが人生なんだ
息を吸って吐いて 好きにやって 生きて
「自分らしく」なんて言えたらいい?
それでやっとひとりぼっち 晴れてひとりぼっち
それならだいぶ楽だろうな
死んだらどこへ行くのかな 眠るように終わるのかな
悲しいだって消えるのかな 怖くなってさ 堪らないんだ
全部忘れてしまえるかな 全部忘れてもらえるかな
どうして胸が痛むのかな 答えておくれよ
生きることが嫌になった 死んでしまいたいほどでもないが
深い穴を掘っている もうさ 疲れたよ
愛しいものが増える つまりは 失うものが増えることなの?
それならボクは それならボクは 端からボクは
ひとりきりでいいのに
死んだらどこへ行くのかな 君にもう一度会えるかな
弱いボクを見ているかな 笑い飛ばしてくれたらいいな
こんな不安もなくなるかな 涙なんてなくなるかな
どうして生きているのかな 答えておくれよ
忘れてしまえる だけど本当は 忘れてしまいたいこともないんだ
嫌いだって言葉も 傷つけ合った言葉も
ボクをこの世界に刻んでくれて ありがとう
死んだらどこへ行くのかな 死んだらどこへ行くのかな
どこへだってでもいいから もう何も失くしたくないんだ
死んだらどこへ行くのかな 何もないならごめんだな
生きていたくないけれど 答えておくれよ
死んだら君に会えるなら 答えておくれよ
歌詞意味
まず、この曲の歌詞には、人生の痛みと不完全さが描かれています。「上手に傷つけていく 両手はずっと不器用なままで」「大事なものを数えている いつも何か足りない」というフレーズは、私たちの人生が常に不完全であり、傷ついてしまうことを表現しています。私たちは、大切なものを数えながらも、いつも何かが足りないような気がします。そんな不完全な人生を、まふまふさんは素直に歌詞に込めてくれました。
また、この曲には孤独と自己認識についても触れられています。「それでやっとひとりぼっち 晴れてひとりぼっち」「それならだいぶ楽だろうな」という歌詞は、孤独を受け入れることで、少しでも楽になるのではないかという思いを表しています。私たちは、誰しもが孤独を感じる瞬間があります。けれども、その孤独を認めることで、自分自身と向き合うことができます。この曲は、そんな孤独と自己認識についても深く考えさせてくれます。
さらに、この曲は死に対する恐怖と好奇心についても歌っています。「死んだらどこへ行くのかな 眠るように終わるのかな」「悲しいだって消えるのかな 怖くなってさ 堪らないんだ」という歌詞は、死後の世界への疑問と恐怖を表現しています。私たちは、死について考えることを避けがちです。けれども、この曲は、死後の世界についての疑問を投げかけ、私たちにその答えを探させます。
愛と失うことについても、この曲は考えさせます。「愛しいものが増える つまりは 失うものが増えることなの?」「それならボクは それならボクは 端からボクは ひとりきりでいいのに」という歌詞は、愛することによって失うものも増えるのではないかという疑問を投げかけます。私たちは、愛する人を失うことを恐れます。けれども、その恐れのために愛することを諦めてしまうのは、もったいないことです。この曲は、そんな愛と失うことについても深く考えさせてくれます。
最後に、この曲は生命を肯定するメッセージも含んでいます。「忘れてしまえる だけど本当は 忘れてしまいたいこともないんだ」「嫌いだって言葉も 傷つけ合った言葉も ボクをこの世界に刻んでくれて ありがとう」という歌詞は、私たちの人生における痛みや傷ついた経験も、私たちを形作る大切な部分であることを教えてくれます。私たちは、痛みや傷ついた経験を忘れたいと思うかもしれません。けれども、その経験こそが私たちを今の自分にしてくれたのです。この曲は、そんな生命を肯定するメッセージを歌っています。
まとめ
まふまふさんの『死んだらどこへ行くのかな』は、人生や死、感情についての深い思考を歌詞に込めており、聴く者の心を揺さぶります。この曲を聴くことで、私たち自身の人生についても深く考えることができます。ぜひ、一度聴いてみてください。