2025年12月27日、雨良(Amala)が贈る最新デジタル・シングル『バゥムクゥヘン・エンドロゥル』は、16bit/44.1kHzの無損失音声でリリースされたたった2分24秒の小品。
タイトルはドイツ語の「Baumkuchen(樹形蛋糕)」と英語の「end roll(エンドロール)」を組み合わせた造語で、まるで映画の片尾で忽然と差し出される甘いスイーツのように、聴き手を「ラストシーン」へと誘う。高速 Drum&Bass のビートに乗せて綴られるのは、三角関係・NTR・承認欲求という“黒蜜”。終幕感漂うメロディの裏で、舌の裏側に残るのはほのかな苦さだった。
タイトルはドイツ語の「Baumkuchen(樹形蛋糕)」と英語の「end roll(エンドロール)」を組み合わせた造語で、まるで映画の片尾で忽然と差し出される甘いスイーツのように、聴き手を「ラストシーン」へと誘う。高速 Drum&Bass のビートに乗せて綴られるのは、三角関係・NTR・承認欲求という“黒蜜”。終幕感漂うメロディの裏で、舌の裏側に残るのはほのかな苦さだった。

歌詞
どうして どうして 私だけ?
また報われないの?
解の出せない三つ巴
ああして こうして 赤い糸
まだ繋いでたいの
それでも 返ってこないんでしょ?
「どうして どうして」 聞かれても
仕方のない鼓動
流れてく 自然の摂理
ああして こうして 手に入れて。
確かめ合いたいの
夢見てた 僕のビデオテープに
割って奪ってく NTR
光って見えた 青い芝生
「わざとじゃない」ってマジョリティ
好奇心のサンドイッチはつまらないし。
どうせなら独り占めしたいし。
背徳感に溺れたいし。
不幸は蜜の味
抗えない 三大欲求 神のまにまに
叶えたい 承認欲求 心 たしかに
どうせ後の祭り 晒して、血祭り。
哀れなバウムクゥヘン
どうぞお幸せに(笑)
あんたらに贈るホコロビの唄
結局皆 自己中心
あったかいお節介だって中止
人生とかいう遊戯に 有意義に
浸っていたいだけ
そんなことない!
見たことない景色がそこにあるの
天からの導き 信じて辿るだけ。
返してよ 返してよ
降りかかる雨 howling now howling now
ごめんね、もういらないの
幸せにキラメキ 満たされた脳細胞
そんなんお花畑。
夢希望だらけ?
=偽りの種w
勝手に舞い上がって、平らだった間柄 咲いた薔薇
勘違いしちゃったお姫様
平穏をぶち壊すハッカー
標的は無能無能ばっか
不幸は蜜の味
抗えない 三大欲求 神のまにまに
叶えたい 承認欲求 心 たしかに
どうせ後の祭り 晒して、血祭り。
哀れなバウムクゥヘン
どうぞお幸せに(笑)
あんたらに贈るホコロビの唄
歌詞意味
・「バウムクゥヘン」=年輪の層
一巻きごとに増える甘さ=SNSで燻る“他人の不幸”。
・「エンドロゥル」=映画のクレジット
観客(リスナー)はスクリーンの暗さに紛れて、誰かの恋愛修羅場を“最後まで”見届けてしまう。
・「青い芝生」
“お花畑”と同義で、甘い理想を追う傍観者。歌詞はそれを「偽りの種w」と一蹴。
・「血祭り」
現代ネットスラングで「晒し上げ」に相当。被害者も加害者も視聴者も、みんなで巻き取った“年輪”の一部。
一巻きごとに増える甘さ=SNSで燻る“他人の不幸”。
・「エンドロゥル」=映画のクレジット
観客(リスナー)はスクリーンの暗さに紛れて、誰かの恋愛修羅場を“最後まで”見届けてしまう。
・「青い芝生」
“お花畑”と同義で、甘い理想を追う傍観者。歌詞はそれを「偽りの種w」と一蹴。
・「血祭り」
現代ネットスラングで「晒し上げ」に相当。被害者も加害者も視聴者も、みんなで巻き取った“年輪”の一部。
つまり、雨良が切り分けているのはスイーツではなく、“共食いするココロ”である。
まとめ
『バゥムクゥヘン・エンドロゥル』は、甘いメロディで口説き、苦いビートで沈める。
2分24秒という短さは、まるでエンドロールが流れ始めた後に誰かが差し出した“お楽しみのケーキ”――観客はそれを頬張りながら、スクリーンに映る自分自身の“黒い年輪”を発見する。雨良が提示する問いは簡潔だ。「この甘さ、本当は誰の不幸の味?」一口食べたら、もう“純粋な幸せ”には戻れない。
2分24秒という短さは、まるでエンドロールが流れ始めた後に誰かが差し出した“お楽しみのケーキ”――観客はそれを頬張りながら、スクリーンに映る自分自身の“黒い年輪”を発見する。雨良が提示する問いは簡潔だ。「この甘さ、本当は誰の不幸の味?」一口食べたら、もう“純粋な幸せ”には戻れない。