楽曲紹介
「烏」は、シンガーソングライター米津玄師が書き下ろした新曲で、2026年のNHKサッカーテーマに選定された楽曲です。2026年4月28日に発表され、同年5月10日放送のNHK総合「サンデースポーツ」内で初解禁されました。日本時間6月12日に開幕する「FIFAワールドカップ2026」のNHK中継時にも放送されるほか、W杯以降もNHKの各サッカー番組でオンエアされる予定です。配信リリースは2026年6月15日に決定しています。
米津玄師にとって放送局のスポーツ番組とのタイアップは今回が初めてであり、過去にはTBS系ドラマ「ノーサイドゲーム」やアニメ「メダリスト」へ主題歌を提供した実績があります。楽曲について米津は「長年愛してきたサッカーをテーマに、今この時代に、他でもない自分が作るのなら一体どういう曲がいいだろうか?と思案しながらいろいろ試みた結果、出来上がったのは自分でも拍子抜けするくらい個人的な曲でした。サッカーという大きな構造の中で、前を見据え屹立し続ける人々が、集団であると同時に健やかなる個人でもあってほしいという願いを元にこの曲を作りました」とコメントしています。
タイトルの「烏」(からす)は、日本文化において神の使いとされる存在であり、同時に孤独で自由な生き方を象徴する鳥として知られています。サッカーという集団競技の中で、個人としての強さと孤独を背負いながら前を向き続ける選手たちの姿を、烏という存在を通じて表現した楽曲と言えるでしょう。

歌詞
作詞・作曲:米津玄師
子供のころに見ていた漫画の世界はいつも
誰かを守って救うことが何より大切だった
自分の幼さも知らず大口叩きまくって
滴った血の黒さをまだ憶えてる
星の名前を知るたび僕らは大人になった
誰にも渡せない秘密が一つずつ増えていった
願うだけ強くなるたび眠るのが怖くなった
なあお前には何が見える?
今だけは誰の声も聞こえない場所へ行こう
寄せ書きもそっと机にしまって澄み渡る青い方へ
僕らは今日ただ一羽の夢見がちな烏になって
光を受けて続く道を辿り直していく
歌詞意味解釈
第一節
「子供のころに見ていた漫画の世界はいつも / 誰かを守って救うことが何より大切だった」という冒頭のフレーズは、子供時代の純粋な理想を回想するものです。少年漫画の世界では、主人公が誰かを守り、正義のために戦うことが最も尊ばれる価値でした。この「守ること」「救うこと」というテーマは、サッカーにおけるチームメイトへの信頼や、ゴールを守る守護神の存在と重なり合います。
「自分の幼さも知らず大口叩きまくって / 滴った血の黒さをまだ憶えてる」では、幼い頃の自分が何も知らずに大きなことを言いながら、実際に傷つき、血を流した経験をまだ覚えていることを語っています。「大口叩く」という表現は、夢や理想を口にすることの大切さと同時に、その裏にある苦い現実を示唆しています。「滴った血の黒さ」は、傷ついた経験の重さを色で表現しており、成長する過程で必ず伴う痛みを象徴しています。サッカー選手が試合中に負傷しながらもプレーを続ける姿と重ね合わせると、この一節の深みがより際立ちます。
第二節
「星の名前を知るたび僕らは大人になった」は、天文学的な知識を得るというよりは、世界の広さや自分の小ささを知るたびに、子供の頃の無邪気さを失っていく過程を表現しています。「星の名前」を知ることは、未知の世界に触れ、同時に自分の無力さを認識することのメタファーです。サッカー選手がプロの世界に入り、自分の才能の限界や競争の厳しさを知る瞬間と重なり合います。
「誰にも渡せない秘密が一つずつ増えていった」は、大人になるにつれて心に秘めた思いが増えていく様子を表現しています。これはプロアスリートにとって、試合前の緊張や不安、あるいは負けた試合後の悔しさを誰にも言えずに抱え込む孤独を想起させます。「願うだけ強くなるたび眠るのが怖くなった」は、強くなろうと願えば願うほど、期待やプレッシャーの重さで眠れなくなる心境を正直に吐露しています。トップアスリートが勝利への渇望と同時に、敗北の恐怖に苛まれる心理を見事に表現しています。
「なあお前には何が見える?」という問いかけは、自分と同じように孤独を抱えながら前を向く仲間への問いであり、同時に自分自身への問いでもあります。サッカーというチームスポーツの中で、各選手が異なる視点から試合を見て、異なる「景色」を見ていることを示唆しています。
サビ
「今だけは誰の声も聞こえない場所へ行こう」は、応援の声や批判の声、期待の声——すべての「声」から解放され、自分自身と向き合う時間の大切さを訴えています。プロアスリートが常に周囲の目や評価に晒される中で、自分自身の心の声だけを聞く瞬間の尊さを表現しています。
「寄せ書きもそっと机にしまって澄み渡る青い方へ」は、仲間やファンからの応援の言葉(寄せ書き)を大切にしながらも、一旦それを「机に仕舞い」、自分の心を空にするという行為を表現しています。「澄み渡る青い方へ」は、雲一つない青空のような、清らかで自由な精神状態を目指すことを示しています。サッカーのピッチの上の青空や、海のような広大な「青」を想起させ、この一節は視覚的にも美しいイメージを生み出します。
「僕らは今日ただ一羽の夢見がちな烏になって」は、この楽曲の核心となるフレーズです。烏は日本文化において、神武天皇を導いた神の使いとして崇められてきました。同時に、烏は賢く、孤独を好み、自由に空を飛ぶ鳥として知られています。「夢見がちな烏」という表現は、理想を追い求めながらも、現実を鋭く見つめる烏の性質を人間に重ね合わせたものです。サッカー選手がチームという「群れ」の中で、同時に個人としての孤独と夢を抱えている姿が、この「一羽の烏」に象徴されています。
「光を受けて続く道を辿り直していく」は、太陽の光を浴びながら、これまで歩んできた道をもう一度見つめ直し、新たな一歩を踏み出す決意を表現しています。「辿り直す」という表現は、過去を否定するのではなく、振り返りながら再確認することの大切さを示しています。サッカー選手が試合後に自分のプレーを振り返り、次の試合に向けて修正していくプロセスと重なり合います。
まとめ
「烏」は、FIFAワールドカップ2026という世界最大のサッカーの祭典を彩るにふさわしい、米津玄師の新たな代表作と言えるでしょう。タイトルの「烏」が象徴するように、この楽曲は集団の中で個人としての孤独と強さを描き、同時に「誰かを守って救う」という子供の頃の純粋な理想を失わずに生きることの大切さを訴えています。
米津玄師が「拍子抜けするくらい個人的な曲」と評するように、この楽曲は単なる応援歌ではなく、一人一人の選手、そして一人一人の聴く者の心に深く沁み入る内省的な作品となっています。「サッカーという大きな構造の中で、前を見据え屹立し続ける人々が、集団であると同時に健やかなる個人でもあってほしい」という米津の願いは、歌詞全体を通じて表現されており、サッカー選手だけでなく、現代社会で生きる全ての人々に寄り添うメッセージとして響くことでしょう。
「今だけは誰の声も聞こえない場所へ行こう」という一節は、日常の喧騒から離れ、自分自身と向き合う時間の大切さを教えてくれます。「一羽の夢見がちな烏になって」という表現は、孤独を恐れずに理想を追い求める美しさを表現しており、2026年の夏、世界中のサッカーファンの心に深く刻まれる一曲となることでしょう。