楽曲紹介
Hebi(ヘビ)が2026年6月2日にリリースした新曲「Catalepsy(カタレプシー)」は、彼女の「オルタナティブユニバースプロジェクト:Error」シリーズの第二弾作品として公開された。タイトルの「Catalepsy」は医学用語で「強硬症」を意味し、意識や感覚が低下し、筋肉が硬直して外部から与えられた姿勢を長時間保つ状態を指す。まさにこの言葉が象徴するように、本作は「愛」という名の檻に囚われ、自分の意志で動けなくなった少女の心理を描き出している。
Hebiは2000年2月11日生まれの韓国出身アーティストで、これまで「Be I」「Allergy」などの作品を発表してきた。今回の「Catalepsy」では、彼女の持つ繊細なボーカルと、重く暗いサウンドプロダクションが融合し、聴く者の心に深い傷跡を残す一曲となっている。楽曲は「愛のカタチが美しい」と信じていた少女が、現実のノイズに直面し、理想が崩壊していく過程を音楽的に表現している。

歌詞
愛のカタチがこんなに
美しいって知らなかったんだ
でも君の顔に映る
ノイズは何?
握りしめた期待感を
この世界が奪ってゆく
目の前が暗闇に染まる 好きという気持ちが歪んでゆく
私だけを残して ねえ?
優しさも温もりも
全てが嘘なら
君がくれた想いなんか
もういらない
愛とか理想だとか
この世の全部壊れてしまえば
痛みに気づかぬまま
私はきっと幸せだった
もう何もかもがまやかしなら この想いをどこにぶつければいい?<
「君が好きだったの」<
呟く言葉さえも
ノイズになってく
私がここにいる意味を
私が恋をした君を
誰かに与えられたのなら 好きという気持ちは誰かのもの?<
「私」はどこにいるの?ねえ?
いつしか自由になって
この檻の外で
誰かの作り物じゃない
君に会いたい
決められた明日をただ
なぞるだけの人生なんてさ
自分をさらけ出して
壊れるより残酷だろう?<
もう何もかも救えない世界 信じてた君にも裏切られて
どこにも行けずに
愛の抜け殻を手に
立ち尽くしてる
(淡い 期待)<
私を縛りつける
それならもういっそ消してくれよ
胸を焦がす温かい幻想を
愛とか理想だとか
この世の全部壊れてしまえば
痛みに気づかぬまま
私はきっと幸せだった
もう何もかもがまやかしなら この想いをどこにぶつければいい?<
「君が好きだったの」<
呟く言葉さえも
ノイズになってく
ノイズになってく
歌詞意味解釈
【Aメロ】理想と現実の乖離
「愛のカタチがこんなに美しいって知らなかったんだ」という冒頭の歌詞は、恋愛に対する純粋な憧れを表現している。しかし、「でも君の顔に映るノイズは何?」という問いかけで、そこに不協和音が生じる。ここでいう「ノイズ」は、愛という美しい形の中に混入した不純物、すなわち裏切りや欺瞞、あるいは現実の残酷さを暗示している。少女は初めて愛の美しさを知ったと同時に、その愛に付随するノイズにも気づいてしまう。
「握りしめた期待感をこの世界が奪ってゆく」では、自分の手で大切に抱えていた期待が、外部の世界によって無情に奪われていく様子が描かれる。そして「目の前が暗闇に染まる」と、世界が希望の色を失い、暗闇に包まれていく。最も残酷なのは「好きという気持ちが歪んでゆく」という表現で、純粋だった愛の感情自体が歪み、変質していく過程が描かれている。「私だけを残してねえ?」という問いは、世界が変わっても、自分だけが取り残された孤独感を訴えている。
【Bメロ】優しさの裏側にある嘘
「優しさも温もりも全てが嘘なら」というフレーズは、これまで受け取ってきた愛の表現が全て偽りであったと気づいた瞬間を表している。恋愛において、相手の優しさや温もりは最も大切な要素だが、それらが「嘘」であったと知ったとき、受けた想いすら不要になる。「君がくれた想いなんかもういらない」と、受け取った愛を返却するような決別の言葉が続く。これは相手への憎しみではなく、自分が傷つかないための防御反応であり、同時に深い失望の表れでもある。
【サビ】壊れた世界での幸福論
サビ部分は本曲の核心的なメッセージが凝縮されている。「愛とか理想だとかこの世の全部壊れてしまえば」という願いは、世界が全て崩壊すれば、自分の痛みも相対的に消えるのではないかという、歪んだ幸福論を示している。「痛みに気づかぬまま私はきっと幸せだった」という言葉は、痛みを知る前の無知な状態が、実は幸福であったという後悔と、現在の痛みの深さを対比させている。
「もう何もかもがまやかしならこの想いをどこにぶつければいい?」という問いは、虚構の世界に向けて発せられた感情の行き場がない絶望を表現している。最後に「君が好きだったの」という呟きさえも「ノイズになってく」と、最も大切な告白すらノイズに変わっていく。これは、自分の純粋な感情すら汚染され、意味を失っていく過程を描いている。愛の言葉がノイズに変わることで、コミュニケーションそのものが不可能になった世界が表現されている。
【Cメロ】自我の喪失と存在の問い
「私がここにいる意味を、私が恋をした君を、誰かに与えられたのなら」という歌詞は、自己の存在意義と恋愛の主体性に対する深い問いを投げかける。もし自分の存在や恋する気持ちが、誰かから与えられたものならば、それは本当に自分のものなのか?「好きという気持ちは誰かのもの?」という問いは、愛する感情すら外部からプログラムされたものではないかという、存在論的な不安を表現している。
「私はどこにいるの?ねえ?」という問いは、自我の喪失、つまり「自分」という存在がどこにいるのかわからなくなった状態を表現している。恋愛の中で自己を見失い、自分の意志で動けなくなった状態——これこそが「Catalepsy(強硬症)」のタイトルが意味するところである。自分の意思で体を動かせず、外部から与えられた姿勢を保ち続けるしかない、まさにカタレプシーの状態が、心理的なレベルで描かれている。
【Dメロ】檻からの脱出願望
「いつしか自由になってこの檻の外で」という部分では、現在の束縛された状態からの解放を願う。「檻」という言葉は、恋愛関係や社会の期待、あるいは自分の心の中の制限を暗示している。「誰かの作り物じゃない君に会いたい」という願いは、偽りのない、本物の相手に会いたいという欲求を表現している。ここでは、相手だけでなく、自分自身も「誰かの作り物」ではない本物の自分になりたいという二重の意味が込められている。
【Eメロ】決められた人生への反抗
「決められた明日をただなぞるだけの人生なんてさ」は、社会や他人から決められた道筋を歩む人生への反抗を表現している。「自分をさらけ出して壊れるより残酷だろう?」という問いは、自分の本質を隠し、決められた枠の中で生きることの方が、自分を曝け出して傷つくことよりも残酷だという認識を示している。これは、本曲の主人公が虚構の世界から本物の世界へ、たとえそれが傷つくことであっても進もうとする決意の表れでもある。
「もう何もかも救えない世界信じてた君にも裏切られて」では、世界だけでなく、信じていた相手からも裏切られたことで、最後の拠り所を失った絶望が描かれる。「どこにも行けずに愛の抜け殻を手に立ち尽くしてる」という最終的なイメージは、愛が全て失われ、からっぽになった殻を手に、行き場を失って立ち尽くす少女の姿を生々しく表現している。
【ブリッジ】幻想への訣別
「淡い期待、私を縛りつける」という部分では、まだ心のどこかに残っているわずかな期待が、自分を縛り付けていることが語られる。「それならもういっそ消してくれよ、胸を焦がす温かい幻想を」という願いは、痛みの根源である期待と幻想を、自分の手ではなく誰かに消してほしいと願う弱さと、同時にそれらと決別したいという強い意志を表現している。「胸を焦がす温かい幻想」という対比的な表現は、幻想の美しさと、それがもたらす苦しみを同時に描いている。
まとめ
Hebiの「Catalepsy」は、愛という美しい形の中に潜むノイズと、理想が崩壊した世界での自我の喪失を描いた作品である。タイトルの「強硬症」が象徴するように、主人公は愛の檻の中で自分の意志を失い、外部から与えられた姿勢を保ち続けるしかない状態に陥っている。
歌詞は「愛のカタチが美しい」と信じていた少女が、現実のノイズに直面し、優しさが嘘であったと知り、世界の崩壊を願うまでの心理変容を追っている。サビで繰り返される「ノイズになってく」という表現は、純粋な感情すら汚染されていく現代におけるコミュニケーションの困難さを暗示している。
しかし、曲の終盤では「誰かの作り物じゃない君に会いたい」という願いが示すように、虚構の世界から本物への回帰を望む光も見え隠れしている。Hebiの繊細なボーカルが、この複雑で繊細な感情の機微を見事に表現しており、聴く者の心に深い共感を呼び起こす一曲となっている。愛の強硬症に囚われた少女の絶望と、それでもなお本物を求める微かな希望——「Catalepsy」はそんな現代の愛の形を問いかける作品である。